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天神の絵

    暑い熱い夏が終わるか。

    今日は8月最終日。
    今日は風が涼しく天神が
    天空に雲で絵を描く。

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努力して楽しく生きる

楽しめなかったら、仕方がないが
楽しく生きる方法は
なるべく全てを楽しむことだ。
全てをだ。

もちろん、楽しめなければ仕方がない。
でも、出来る限り楽しもうと
日々瞬々、意識して努力して
楽しむ、楽しくすることだ。

不機嫌な人間は最低。
頭の悪さ、心の狭さ、身勝手さの
究極な体現が「不機嫌」
少なくてもそういう最悪の人間に
なってはいけない。

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自分の思いを、思いついたことをたいせつに、だいじに。

やってあげたいことをやらずやれず
やらねばと思うことをやらずやれず
そんなことが続くと

自分にうんざり、自分にヘドが出て来ます。
自分がジワジワ嫌いになり
しまいは大っ嫌いになります。

やってあげたいと思いついたこと
やらねばと思うことはやりましょう。

完璧主義にならず
今出来ること、出来る分、出来る形で
やりましょう。

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自分を何ものかにする方法、あるいはしあわせ、あるいは大金持ちにする方法

本当に好きなことを定め
徹底的に画期的に継続して取り組む。
それは
何ものかになる方法
しあわせに生きる方法
大金持ちになる方法
である。
自分の経験、見聞、周りの人、出会った人の
分析考察の結果であり、ほぼ間違いなく
何ものかにはなれるか
しあわせになれるか
大金持ちになれるかは
すると思う。
3つの全てを手に入れることが出来る
場合もあるだろう。
しかし、本当に自分が好きなことを見定め
絞り込み集中して、画期的に徹底的に
それに取り組み、継続することは
簡単なようで難しい。
生きるための衣食住の維持のため
とりあえずお金を稼いでいる間に
あるいは稼ぐことが忙しくて
普通は継続的に取り組めない。
でも、一番は、忙しさでない。
気持ちを持続できないということが
全ての問題、課題点である。
一番原始的で、しかし最大効果があるのは
その思い、やろうと思っている行動を
いつも目に触れるように部屋に大きく書いて
その紙を貼り付けることだ。
これが一番いい。

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だらだらと何すると言う事もなく無駄に1時間、2時間過ごすなら

①ステキなカフェに行って、一杯のコーヒーを飲みながら
 今年の秋の予定を立てよう。人生をデザインしてみよう。
②買い置き積読の本を一冊持ってカフェに行こう。
③久しぶりの友に連絡してお茶飲もう。
④お手紙書こう。
⑤久しぶりに映画館で映画を見よう。
⑥東か西、北か南に30分か1時間車を飛ばそう。
⑦冷蔵庫を整理整頓、大掃除しよう。
⑧ほんとに着る服だけ取り置き、後は全て思い切って
 博愛精神で福祉バンクに寄付しに行こう。愛は地球を救う。
⑨普段、車やバスで行く街中などに思い切って自宅から
 1時間歩いてみよう。
⑩じっくり世界地図や日本地図を見てみよう。

1,2時間で出来る、あなたが考えられるステキなこと
楽しいことを考えてみよう。

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素晴しい行動を抑制するもの、阻止するものの正体

人にとてもやさしいこと、やればステキなこと、感動的なことを
恥ずかしいとか、めんどうだからという理由だけでやめているから
私達の人生はやさしくない、ステキでない、感動的でない。
つまりつまらない。

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私は「たくさんの今」「たくさんの思い」を無駄死にさせて来た。

『今しないことは、永遠にしない』
などと過激なこと言ったり、書いたりしている人に
そんなことはない、次の日、数日後、
はたまたしばらくしてからやるさ、やれるさと
そんな言葉を心の中でやり返していた。
でも、言う通りだった。

その時やらないことの、98.7パーセントのことは
つまりほとんどのことは、しなかった。
無駄死にさせた。

今やらなければならない。
そこからしかつながらない始まらない起らない物語で
人生は出来ていて、その時やらなければ
不発弾のまま眠り続けて錆びて腐れて朽ちて
人生はワクワク感のまったくないつまらない
単なる時の積み重ねになってしまう。

「今」でしょ!!(*^_^*)

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行動力の実行力のある人の辛い時間

行動力、実行力、実現力に溢れている人にとって
出来ない理由をあれこれ言っている人の
話しに付き合っている時間は
とても辛い時間だろう。

それだったら、たとえ三日坊主にいつも終わる人の
またかの決意を聞いている方が、苦笑いで
あんまり気のない「がんばれ」くらい言いながら
うんざりせずに、ほほえましく時間を過ごせるにちがいない。

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行動を起こす十分条件

時間が無くて出来ないと言う人は
時間があっても何もできない。
結局、何もしない人だ。

金がないから何もできないと言う人は、
金があっても何も出来ない。
結局、何もしない人だ。

そういう環境、状況じゃないから出来ないと言う人は
そういう環境、状況が整っても
何もできない、しない人だ。

行動する人、実現力のある人は
無いものを作るか、自分があるもので補って
事を進める。

もたくたしないで
無いものは作る、持ってくる。
それが無理、難しいなら
自分のあるもので補う。

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発している言葉に心を奪われることなかれ

人は、他人が発している言葉、単語に
心を奪われてはいけない。

その言葉を発している感情や心を洞察し
背景や状況を分析することだ。

その言葉は、あなたへの憎しみや攻撃でなく
あなたへの深い愛情や信頼の表明かも知れない。
その言葉は、言葉とは全く逆で
不安とあなたへの助けを求めて
いるかも知れない。

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泥の団子のお話

ずいぶん昔読んだ本にあったお話だ。
仏典の中に、ある日、お釈迦様が街中を歩いていると
貧しい子どもが、どうしても
お釈迦様に何かをあげたくて
足元の泥で団子を作って渡した。
その子は、この行為の功徳で
億万長者になったというようなお話だ。

何を貰ったかでない。
それをくれた心がたいせつだ。

何もなくても、すばらしい者に
その時出来得る真心を捧げることのできる
この貧しい子どものすばらしい心の因が
その子を億万長者にしたのか
泥の団子に込められた心を見、感じたお釈迦様の
仏力法力でその子を億万長者にしたのか
それは定かではない。

唯言えること、確実なことは
その子は、泥の団子を捧げたのでなく心を捧げた。
お釈迦様は、泥の団子を受け取ったのでなく
心を受け取ったということであり
泥の団子をあげたその子も、
泥の団子を受け取ったお釈迦様も
しあわせだったということ
しあわせになる素質を持っているということだ。

個人的には、なんか分かる気がする。
あげたい人に何もあげれないから泥の団子を作って
差し出す子は、億万長者になる気がする。
なるべき子な気がする。
それに、こういう子が億万長者になった方が
世の中が平和になるだろう。

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戴いた物の形や価格や必要性、好みに目を奪われないこと

何かを贈られた、頂いた、もらった時
それは、物じゃないんだ。
その価格や利便性、自分にとっての必要性、好み
いろいろあるかもしれないし
それが気になるかもしれない。
でも、それより何より
それを贈り準備した心に
思いを馳せよう。

どんな思いで贈ってくれたか
準備してくれたのか
そこが、ありがとうだ。

物の背景にある心に思いを馳せ考えなければ、
あなたは、たいせつな友達や親友
かけがえのない同僚、上司や部下
彼や彼女、旦那さんや奥さん
はたまた子どもや親の
あなたへの思いを
心を醒めさせ、離れさせるかもしれない。

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今日はチハル君の命日、お墓参りに行って来ました。

チハル君は中学の同級生。
学生時代から語り合い、一緒に演劇に関わった友人。
ちょうど10年が過ぎた。
きれいなお花がいっぱい花受けに添えて
供えてあった。
3歳年上のお姉さんでしょうか。

お茶のボトルもありました。
中学も同じクラスで、夜中に
窓から出入りし毎日語り合い
チハル君と兄弟のように育ったマサヒコ君でしょうか。

なんだかんだ夕方になってしまったけど
涼しくて気持ちのいい風吹く、気持ちのいい空のもと
深々と合掌。

チハルが亡くなってこの10年。
果たして私は何をしたんだろう
何をしたと言えるんだろうと考えながら
手を合わせ、お墓を見つめ
水をまきしました。

見上げると、空には鮮やかな半月のした
ボーイングがキラキラ輝きながら
飛んでいきました。

私は生きているんだなと思いました。
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甲子園、負けた時、分かる大監督の器、そしてリーダーシップとは?

今年の甲子園、100回記念大会は
おもしろい。

わがふるさとの花巻東は負けてしまったが
秋田の金足農業高校がおもしろい。
ピッチゃー吉田君が、県大会から一人投げ抜いて
勝ち進んでいる。

私も本当に高校野球は好きで32歳で東京から
帰って来て以来20数年、春、夏と見続けている。

勝った時の監督のコメントは、みな相手のチームを褒め
その後、頑張った自分の生徒たちを褒めてと言う流れ内容で
甲乙つけがたし。

問題は、負けた時に、監督の器、生徒に対する情愛の深さが
如実に出る。

本当の強豪校の大監督になればなるほど、たいへんな高齢でも
潔く、全部自分の責任だと言う、宣言する。

一方、大監督ではない監督は本調子でなかった投手や、
抑え込まれた打線を指摘して
自分の責任は不問にする。

それぞれ監督は地元の多くの人たちの期待と責任を背負い
その重圧は大変かもしれないが、そこは大人として
教育者、指導者として凛として欲しい。

特に3年生の投手が振るわずに、監督自らが
公共の電波を使って負けの原因を
その生徒に背負わせてその一生が背負う重科は
たいへんなものだ。

勝ったら全部、生徒の活躍。
負けたらすべて監督のせいとする
潔さリーダーシップがあってこそ
生徒は監督を全幅の信頼、100%の信頼で
練習し戦うことが出来る。

勝って勝ち監督にしたいという熱い火の玉も
球場に生まれるだろう。

ミス、失敗は全部自分、成功や成果は
全部部下のてがらにする部署は活気があり発展する。
そんな上司だからこそ、この人の為にと
部下も頑張る。これこそがリーダーシップ。

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「人のいいところしか見えない」敬愛すべきおそるべき人たち

小さい人は、人のいやなところ、欠点ばかり気になる。
私は、小さい人間なので気になる。

すばらしい人は、人のいやなところ、欠点が
あまり気にならない、気にしない。

すごい人、ステキな人、人間的に大人物は
なんと、人のいいとろしか、見えないらしい。
恐ろしい話だ。

そんな人いたら、すごいですね。

だから、人がついて来る、育つ。
接する人、付き合う人が皆よくなっていく。
そして人が寄ってくる。

その人自身も楽しく生きてるし
周りの人も、楽しい気持ちになる。

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郵便配達のバイクと車の接触現場に遭遇する。

用事に向かう途中、事故と遭遇。

郵便配達のバイクが横転する横に
配達員の方が唸って倒れていた。
人だかりが出来ている。
通り過ぎるか迷ったが気になる。

救急車は呼んだか?
警察には連絡したか?
何より、心肺停止や脳挫傷がないか?
この集まっている人たちに
心臓マッサージ等、応急処置が出来る人がいるか?

車を止めて現場へ。

1.心配して集まっていた人に救急と警察に通報依頼。

2.意識確認

3.痛む箇所の確認と着衣からの状況確認
  →膝及び膝下の強打、外に変形して分かるほどの
   骨折はしてなさそうだが相当痛がっている。

   でも、頭はぶってないとのことで、
   意識もしっかりしているので安心。
   救急車を待つばかり。

4.職場の郵便局へ、バイクと郵便物の回収の連絡確認

 

5.救急車が到着。たいへん大柄の人だったので
  ヘルプの承認を取って救急隊員と共に
  1・2・3の掛け声で担架に乗せ、救急車に収容。

いっしょに対処してくれた通行人数人に声をかけ
現場を離れる。

私は、消防署で受講し「普通救命講習修了証」を
持っている。受講に時間と気持ちがあれば、
お金は必要ない。

愛する人、家族、いざと言う時のため
受講おすすめ。詳しくは消防署にお電話を!!(^^)!

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ところ構わずためらわず言うべき「ありがとう」と「ごめんなさい」

中学時代の友達の母が亡くなり
盆で東京から帰って来た友人と
2人で弔問して来た。

前の日まで、元気にしてたそうだが
朝いつもの時間、8時頃に起こしにいったら
亡くなっていたとのこと。

最後、ちゃんともう一度
会話をしたかったとのことだが
ごもっとも。

でも、準備万端に人は亡くならない。
ストリーも味もそっけもなく
何の準備もないままに
「サヨナラ」は突然に。

だから、「ありがとう」は言いそびれないこと。
思った時に、照れずにしかるべき時になど考えず
すぐに言う事だ。

気になるケンカは片付け「ごめんなさい」も
「ありがとう」と同じく言いそびれちゃダメ。

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花村萬月の小説「裂」に見る応募小説及び小説の書き方の学習

一昨年の10月に、群像新人賞に
400字詰め原稿用紙125枚の小説を応募した。
その前に、読んでおくべき小説だった。

この本は、講談社の女性編集者を主人公に、
公募活動中の彼女の彼氏を含む二人の男と
花村萬月自身も登場するという自由奔放な小説だが
色々と構成も練られ、何より公募における
応募小説、そして小説を書く上で勉強になること満載の
おもしろいためになる小説だ。

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母の三周忌のお盆

関東在住の兄弟たちは
体調、所用のため帰省できず
午前10時半、東京と盛岡の遠隔同時祈念で
盛岡在住の兄弟家族集まって
母の三周忌の供養、法事をした。

皆でお茶を飲み、茶菓子・果物を食べ
たまたま昨晩、同窓会で歌い

ギターを車に積んでいたので
母の好きな母を讃える歌を歌って会を締めた。

一応の葬儀・法事も今日で一段落。
この一連の中で
母への感謝、兄弟・家族のありがたさを再認
人の一生、自分の人生の再考の機会となった。
そのために儀式と言うものがあるのだろう。

「私」は生きている、今、生きているという
確認も深層で感じる時間になっていたのだろう。

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たいせつな確認事項3

信じられないし、考えられないが
この自分の人生に終わりがあるということ。

これをしっかり認識し意識して
生きて行くこと。

一番、心に元気とエネルギーを
与える方法でもある。

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たいせつな確認事項2

私はこの私で生きて来た。
これからも死ぬまでこの私で生きていく。

あなたもあなたで生きて来た。
これからも死ぬまで
あなたはあなたで生きていく。

お互い、そこんところ、しっかり
もう一度押さえて確認して
生きていこう。

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たいせつな確認事項1

私は私で、他の誰でもない。
あなたはあなたで他の誰でもない。

そこだけは、しっかり押さえよう。
そこをしっかり押さえて生きていこう。

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絵を描くことで学んだこと

①四角い枠でくくると、くくられたそこは全て作品になる。私たちは
 どこもかしこも作品になる素晴しい世界に包まれて生きている。

②四角い枠で過去や未来の時間、今の瞬間も含めた人生を
 自由にくくる技を身につけ、全ての時間を物語に出来る。
 くくったその時間は密度を増し、心にはエネルギーが湧いてくる。

 数限りない物語。これまでの人生という物語、
 これからの人生という物語、今日という物語、今年という物語
 20代という物語、30、40代という物語、50,60代という物語

③デッサンは、「今」の鮮度を増す作業。この「自分」、「今」
 「ここ」の3つのギアをがっちり噛ませる作業。
 この3つのギアががっちりかみ合い動き出すと
 エネルギーが溢れ出す。エネルギー湧出法とも言える。

④デッサンは、自分で気づいた間違いはすぐに全て直さないと
 その間違いが間違いを呼び、ズレを間違いを拡大させるという
 人生の教訓を学ばせてくれた。

⑤どんな素晴らしい絵を描いてもいい、誰も困らないということ。
 私達がどんなに素晴しい人間になっても、どんなに素晴しい人生を
 作ってもいいし、誰も困らないということ。

⑥キャンパスに描きたいものを描き、塗りたい色を塗って構わない。
 それは自由だと言うこと。
 それは人生というキャンパスも同じだと言うこと。

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生きる意味、生まれてきた意味

生きる意味も、生まれてきた意味もない。
はい、これがあなたの生きる意味、生まれてきた意味ですよと
差し出してくれる人などいない。
私が、あなたがやりたいことがあるだけだ。

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自分が、よい感情で接していない人たち

むかつく人がいますか。
憎らしい人はいますか。
ケンカしている人はいますか。
冷たく、意地悪してる人いますか。
いらいらしてしまう人がいますか。。
自分のいい心、ステキな心で接していない人はいますか。

そういう人がいるか、点検してみましょう。
自分が明日死ぬとしたら、同じ態度でその人に
接するか考えてみよう。

醜い行動、言動を排し、美しくこの世界に
存在しよう。

どうせ存在するなら美しく存在しよう。

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自分の感性を信じよう。

自分がなんか違うなと感じることはやめる。
なんか楽しくないことはやらない。
楽しく出来てないのは
やり方に何か間違い、おかしい濁った思いが
まじってないかと、考えてみよう。

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人の嫌な所の発見は、自己進化の糧に

人の嫌な所はの発見は
自分の嫌な所の発見の可能性が高い。

脳は自分が持たないものは
見えないし、気づかないし
自分にとってどうでもいいことは
心に引っ掛かりもしないからだ。

自分がそれを持っていたり
そこを越え切っていないことだったり
するわけだ。

だから、人の嫌なところを
発見し気づいたら
自分の中にその部分を持っていないか
自分も嫌な思いをさせてないか
考えもしない、考えたくもないが
自分にそれがないか
チェックしてみよう。

そして、それを自分に見たら
即刻、排除、破棄、消滅させよう。

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「ワクワクのドキドキのケラケラの人生」の作り方

楽しい人生を生きようじゃないか。
ワクワクのドキドキのケラケラの人生を。
迷ったら現状維持なんてつまらない選択ばかりして
生きて行けば心も、人生も、住む世界も
どんどん小さくなりおもしろくもなんともない日々で
出来たおもしろくもなんともない人生になってしまう。

迷ったら積極的な方を選び、人生を開く、展開させること。

でなければ、この私達の人生は
なければなくてもよかったような日々で出来た
一般的な人生、一応生き続けては来た人生となってしまう。
せっかく生まれ落ちたこの星で
自分の人生、これは絶対自分の人生だと言える
人生を生きよう。

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「永遠無限の人生とその人生の生き方」について

我々の一生などは宇宙の大きさから
考えたら一瞬であろう。

しかしこの一瞬、瞬間瞬間に
永遠と無限の広がりを発見したことが
人類の最大の知性の産物だ。

どんなに短い人生にも、瞬間は無数にある。
その無数にある瞬間の一つ一つが永遠無限なら
どんなに短い人生も永遠無限である。
短い人生など存在しない。

どのような人生も、どんな人生も
誰の人生も永遠無限なのだ。
私達はみな永遠無限の人生を持っている
生きている。

永遠無限の人生を生きる生き方は、
ただ一つ。

それは「瞬間」を、「今」を生きることだ。

心を込めて、思いを込めて、強い意志を持つて、
情熱を持ってこの一瞬である「今」に集中して
向き合う。

そして過去を悔やんだり未来に怯えていたりせず
結局一番肝心、たいせつな「今」の抜けた魂の抜けた
人生を生きるのでなく、この「今」を生きること
生き切ることだ。

この「今」から過去も未来も、思うがまま
願うまま、憧れるままに再構成、創造するのだ。

「今」を勝て!
「今」に集中しろ!
いつかでなく、明日でもなく
「今」突破しろ!

「今」から始め、今から生き直す。
今から創造する。
「これからの人生」のスタートの
最初の瞬間であるこの「今」から。

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あこがれの猿まね

自分と言う人間を愛せない人は、
他人、自分じゃない人間を愛せない。
では自分を愛するにはどうしたら良いか。
それはもっとも自分の中で尊敬している人格を
猿まねすることだ。

まずは、オリジナリティ云々は置いといて
徹底的に全てを真似ることだ。

ほんの少しも我流が妥協、怠惰が
入り込む余地のないほどのサル真似、
そこから始めるのだ。

それが自分で自分を愛せない自分から
自分が自分を愛せる自分に変化させていく
最短最善、無理無駄ムラのない
最高の手段なのだ。
猿まねってすごいんだ。!(^^)!

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もっと低コストで忙しく楽しい人生

まずは今の自分や
自分がなれるなれないに関係なく、
自分の憧れる自分が考えられる
最高の人格・人柄・人間を
考えることである。

そして次に
自分がそれに近づこうとするなら、
それだけで人生は忙しく毎日が楽し過ぎる。
全くお金のかからない生活と人生を
楽しくする方法だ。

あなたがドンダケ素晴らしい人
魅力的な人かっこいい人素晴らしい人になっても
家族も友達も恋人も誰も迷惑にはならないし、
困らせることはない。法律に憲法に触れないし、
警察が動き出すことも、逮捕もされない。

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