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甲子園、負けた時、分かる大監督の器、そしてリーダーシップとは?

今年の甲子園、100回記念大会は
おもしろい。

わがふるさとの花巻東は負けてしまったが
秋田の金足農業高校がおもしろい。
ピッチゃー吉田君が、県大会から一人投げ抜いて
勝ち進んでいる。

私も本当に高校野球は好きで32歳で東京から
帰って来て以来20数年、春、夏と見続けている。

勝った時の監督のコメントは、みな相手のチームを褒め
その後、頑張った自分の生徒たちを褒めてと言う流れ内容で
甲乙つけがたし。

問題は、負けた時に、監督の器、生徒に対する情愛の深さが
如実に出る。

本当の強豪校の大監督になればなるほど、たいへんな高齢でも
潔く、全部自分の責任だと言う、宣言する。

一方、大監督ではない監督は本調子でなかった投手や、
抑え込まれた打線を指摘して
自分の責任は不問にする。

それぞれ監督は地元の多くの人たちの期待と責任を背負い
その重圧は大変かもしれないが、そこは大人として
教育者、指導者として凛として欲しい。

特に3年生の投手が振るわずに、監督自らが
公共の電波を使って負けの原因を
その生徒に背負わせてその一生が背負う重科は
たいへんなものだ。

勝ったら全部、生徒の活躍。
負けたらすべて監督のせいとする
潔さリーダーシップがあってこそ
生徒は監督を全幅の信頼、100%の信頼で
練習し戦うことが出来る。

勝って勝ち監督にしたいという熱い火の玉も
球場に生まれるだろう。

ミス、失敗は全部自分、成功や成果は
全部部下のてがらにする部署は活気があり発展する。
そんな上司だからこそ、この人の為にと
部下も頑張る。これこそがリーダーシップ。

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