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泥の団子のお話

ずいぶん昔読んだ本にあったお話だ。
仏典の中に、ある日、お釈迦様が街中を歩いていると
貧しい子どもが、どうしても
お釈迦様に何かをあげたくて
足元の泥で団子を作って渡した。
その子は、この行為の功徳で
億万長者になったというようなお話だ。

何を貰ったかでない。
それをくれた心がたいせつだ。

何もなくても、すばらしい者に
その時出来得る真心を捧げることのできる
この貧しい子どものすばらしい心の因が
その子を億万長者にしたのか
泥の団子に込められた心を見、感じたお釈迦様の
仏力法力でその子を億万長者にしたのか
それは定かではない。

唯言えること、確実なことは
その子は、泥の団子を捧げたのでなく心を捧げた。
お釈迦様は、泥の団子を受け取ったのでなく
心を受け取ったということであり
泥の団子をあげたその子も、
泥の団子を受け取ったお釈迦様も
しあわせだったということ
しあわせになる素質を持っているということだ。

個人的には、なんか分かる気がする。
あげたい人に何もあげれないから泥の団子を作って
差し出す子は、億万長者になる気がする。
なるべき子な気がする。
それに、こういう子が億万長者になった方が
世の中が平和になるだろう。

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