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今日はチハル君の命日、お墓参りに行って来ました。

チハル君は中学の同級生。
学生時代から語り合い、一緒に演劇に関わった友人。
ちょうど10年が過ぎた。
きれいなお花がいっぱい花受けに添えて
供えてあった。
3歳年上のお姉さんでしょうか。

お茶のボトルもありました。
中学も同じクラスで、夜中に
窓から出入りし毎日語り合い
チハル君と兄弟のように育ったマサヒコ君でしょうか。

なんだかんだ夕方になってしまったけど
涼しくて気持ちのいい風吹く、気持ちのいい空のもと
深々と合掌。

チハルが亡くなってこの10年。
果たして私は何をしたんだろう
何をしたと言えるんだろうと考えながら
手を合わせ、お墓を見つめ
水をまきしました。

見上げると、空には鮮やかな半月のした
ボーイングがキラキラ輝きながら
飛んでいきました。

私は生きているんだなと思いました。
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